東京地方裁判所 昭和24年(ワ)1309号 判決
原告 浜田吉三郎 外一名
被告 野村寅五郎
一、主 文
原告等の請求は之を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
二、事 実
原告等訴訟代理人は「被告は原告浜田吉三郎に対し東京都品川区中延四丁目八百三十番地の一所在宅地七十八坪一合四勺の内西側道路に面した宅地二十九坪九合六勺五才を、原告飯田重四に対し同都同区中延四丁目八百三十番地の二所在宅地六十四坪六合二勺の内南側宅地九坪三勺五才を明渡せ被告は原告等に対し昭和二十三年七月一日以降明渡済に至る迄右土地につき一坪一ケ月金二円の割合による金員を支拂え訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求めその請求の原因として被告は訴外鰐淵友三郎から前記土地を含む宅地百余坪を昭和初年頃から賃借していたが其後六十坪余を返地して宅地三十九坪を賃借し其の地上に建物を所有していたところ昭和二十年三月の第六次強制疎開で右建物は取壊しとなり右土地は東京都が借り上げていたが終戰後右疎開が解除された結果該宅地は所有者に返還された原告は本件土地の隣地である品川区中延四丁目八百三十一番地の一宅地百六十六坪九合一勺の東部宅地二十八坪八合五勺を訴外鰐淵友三郎から賃借していたところ強制疎開となつたがその後罹災都市借地借家臨時処理法に基き登記簿上の所有名義人の友三郎は既に死亡しているのでその遺産相続人である訴外鰐淵佐三に対し東京地方裁判所に賃借権設定並に借地條件確定の申立をなしたが相手方たる所有者は右訴外鰐淵佐三ではなく訴外中井佐太郎であることが判明したので同裁判所昭和二十二年(ユ)第一四二九号借地借家調停事件として処理し実質上の所有権者である前記訴外中井佐太郎から品川区中延四丁目八百三十番宅地百四十五坪七合六勺同所八百三十一番の一宅地百六十六坪九合一勺同所五丁目八百三十一番の二宅地十五坪五勺の三筆全部三百二十余坪を昭和二十三年四月二十四日の調停に於て登記簿上の所有者である鰐淵佐三並に其他の遺産相続人の承諾を得て買受けることとなり同年六月十七日に右所有権移轉登記も完了したが原告の使用しない同所八百三十番地の二宅地六十四坪六合二勺を原告飯田重四に賣却し同じく同年六月十七日その所有権移轉登記を完了したが被告は請求の趣旨記載の土地を何等正当の権限なく之を占拠しているから原告等は夫れ夫れ被告に対し右所有権に基き之が明渡を求めるため本訴に及んだと述べ、被告の抗弁事実に対し被告は本件土地に付き訴外鰐淵佐三に対し昭和二十三年一月十三日附で賃借の申出をしているがそれは正当の所有者に対してなしたものでない正当の所有者は訴外中井佐太郎であるに拘らず被告は当時の登記簿上の所有名義人である訴外鰐淵友三郎の遺産相続人である長女松原きく二女鰐淵せん二男鰐淵鎌吉三女佐々木さり三男鰐淵佐三四男亡鰐淵鍬吉の妻イソ四女松原りゑの中鰐淵佐三一人のみに対しなした右賃借の申出は何ら効力を生ずるものではない又仮りに右鰐淵佐三に対する前記賃借の申出が有効であるとしても同人は同年一月十八日附書面で被告の右賃借申入に対し拒絶の意思を通知し而も右拒絶には正当の事由があるから被告主張の賃借権は設定されない。尚再抗弁として被告の右申出に因り借地権が成立したとしても被告は右賃借申出後一年以上経過しているのに未だ建築に着手していないで野菜園として使用しているに過ぎないが故に原告等は罹災都市借地借家臨時処理法第七條に基き本訴状に依り右賃貸借の設定契約を解除する旨の意思表示をするものであると陳述した。<立証省略>
被告は原告等の請求は之を棄却する訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め答弁として原告等が本件土地を訴外中井佐太郎から買取つたという事実は否認する仮に原告等が本件土地の所有権者であるとしても被告は昭和二年頃から予ねて本件土地を建物所有の目的で本件土地の所有者中井友三郎コト鰐淵友三郎から賃借して該地上に建物を所有して居たところ同人は昭和十三年八月九日死亡したるにより其の相続人である鰐淵佐三から引続き之を賃借して居たのであるが昭和二十年三月強制疎開によつて本件土地は東京都が右鰐淵から借上げて右建物は收去されたが終戰後右強制疎開は解除となり本件土地は右鰐淵佐三に返還されたものであるそこで被告は強制疎開当時の借地権者であるから昭和二十三年一月十三日附書面を以て右鰐淵佐三に対し本件土地賃借の申出をしたところ同書面は同年同月十五日右鰐淵佐三に到着したが、右鰐淵佐三は同年同月十八日付の書面で拒絶の意思を通知して來たのである然しながらその拒絶の理由とするところは右鰐淵佐三が本件土地を整理賣却するためなのであるから右は正当の理由とはならない。従つて右拒絶の効力は生じないから被告の賃借申出が到達した昭和二十三年一月十五日から法定の三週間の満了した同年二月六日に於て右鰐淵佐三に対して本件土地上に賃借権が設定されたのである原告は仮りに被告に賃借権が設定されたとしても被告が其の後一年以上を経過するも建築に着手せざることを以て右賃貸借契約の解除原因となすも被告に於て本件土地上に建築に着手出来ないのは原告浜田に於て計画的に昭和二十二年十一月十日より本件土地の西北角に古材木約三十本を推積して約三坪を占有し来りたるを以て之に妨げられ起工し能わざりしも昭和二十四年四月十日本件地上に基石十五箇を搬入し建築に着手し本件土地の東寄りに木造トタン葺平家一棟建坪一坪五合を建築して之が拡張の準備をして本件土地を使用しているのである故に原告の右解除に理由がないと述べた。<立証省略>
三、理 由
証人鰐淵友三の証言、同証言に依り成立を認め得る甲第二号証成立に爭なき甲第一号証並乙第四号証の一、二を綜合するに原告浜田吉三郎は昭和二十三年四月二十四日本件土地を含む三筆合計三百二十余坪即ち品川区中延四丁目八百三十番宅地百四十五坪七合六勺同所八百三十一番の一宅地百六十六坪九合一勺同所五丁目八百三十一番の二宅地十五坪五勺を当時其の実質上の所有者であつた訴外中井佐太郎から登記簿上の所有者である訴外鰐淵友三郎の遺産相続人である鰐淵佐三其の他の遺産相続人等の承認を得て之を買受けその所有権を取得し、同年六月十七日付右登記簿上の所有者等より之が所有権移轉登記(但し後記原告飯田重四の分を除く)を完了し、右の土地の内自ら使用せざる同所八百三十番地の一宅地六十四坪六合二勺を原告飯田重四に対し賣却し同人に対する登記手続は右関係当事者間の合意で右の中間登記を省略して右登記簿上の所有者から直接原告飯田に対し同年六月十七日所有権移轉登記を完了した事実を肯認するに十分であつて他に右認定を覆すに足る証拠がない。依つて原告等主張の本件係爭部分の土地(以下單に本件土地と記す)は昭和二十三年六月十七日以降夫々原告等の所有に帰属するに至つたものと謂わねばならない。しかるに被告は本件土地上に賃借権を有す旨主張するからその当否に付て稽うるに被告が本件土地上に昭和二十年三月当時賃借権を有しその上に建物を所有していたるが、戰時中の第六次強制疎開にて該建物は除却されたこと、右強制疎開は昭和二十一年四月三十日解除となり所有者に返還された事及被告がその後右土地につき建物を建築して之を所有する目的で昭和二十三年一月十三日附書面を以て訴外鰐淵佐三に対し賃借権設定の申出をなしたるところ右鰐淵佐三は同年同月十八日附書面で右賃借権の設定を拒絶する旨の意思表示をなしたることは当事者間爭なく原告は右被告の申出は本件土地の正当なる所有者中井佐太郎に対して爲したるものにあらざるにつき右申出はその効はない仮令本件土地の正当な所有者が右中井佐太郎に非ずとするもその所有者は鰐淵友三郎の遺産相続人鰐淵佐三他六人であるから右佐三一人に対してなした右賃借の申出もその効なきものであるとして賃借権設定申出の効力につき爭うを以て按ずるに成立に爭なき甲第三号証の一証人鰐淵佐三の証言及当裁判所が眞正に成立したものと認める乙第一号証の一、二によれば本件土地は鰐淵友三郎が昭和九年六月十八日隠居し鰐淵鎌吉が戸主となりたるとき鎌吉は本件土地を承継せず本件土地は友三郎の特有財産となつていたところ同人が昭和十三年八月九日死亡したので本件土地は当時友三郎の遺産相続人たる鰐淵佐三等七人の共有するところとなつたが、鰐淵佐三一人がその事実上の管理人となつていた事及被告もその強制疎開前同人のみを相手として本件土地に関する全ての折衝を爲し且賃料も同人に対し支拂つていた事実を認める事ができる。殊に本件の如く賃借権設定契約の申出に対し拒絶する行爲の如きは当然共有物の保存行爲として各共有者が單独で爲し得る行爲であるから被告は前叙認定の如き事情の下にあつては勿論右賃借権の設定の申出を鰐淵佐三のみに対して之を爲し得るものと解するを妥当とする。尤も前掲証人鰐淵佐三の証言に依ると鰐淵佐太郎は生前その親戚である中井佐太郎に対し金二万八千円の債務を負担したのでその担保として一時前記土地の所有権を同人に信託的に移轉したが後日中井に対する前記債務を弁済したときは当然右土地の所有権を復帰せしむる旨の約束であつたため、同人への右所有権移轉登記もせずその儘となつていた事が明であるから右は結局右当事者間に於ける債務担保の爲めの讓渡担保契約と目すべきものであるが、殊に右所有権の移轉については登記は未了であつたから、第三者である被告に対しては右土地の所有権の移轉を以て対抗し得ざる筋合であるから被告は依然右所有権は鰐淵家にあるものとして前記の如く右賃借権設定申出をする事ができる。從つて被告の昭和二十三年一月十三日附書面による本件土地に付き鰐淵佐三に対する賃借権設定申出は適法であると云うべきである。次ぎに被告の鰐淵佐三に対する右賃借権設定申出に対し同人が昭和二十三年一月十八日拒絶の意思表示をなしたることは当事者間に爭なきところなるもその所謂拒絶をなすにつき正当の理由が有るかどうかにつき按ずるに本件口頭弁論の全趣旨並証人鰐淵佐三の証言及被告本人訊問の結果に徴すれば訴外鰐淵佐三が右の拒絶をなしたのは本件土地を他に賣却するがためなりし事を窺い知ることが出來るがかゝる理由を以ては罹災都市借地借家臨時処理法第九條第三項に所謂正当な事由に該当しない事は毫も疑を容れないから右拒絶の意思表示はその効なきものと云わねばならぬ。從つて被告の鰐淵佐三に対する本件土地についての賃借権設定の申出の意思表示が同人に到達したこと当事者間に爭ない昭和二十三年一月十五日から法定の三週間の満了した同年二月六日を以て被告は当時の本件土地の所有者鰐淵佐三等に対し賃借権を取得したるものと云わねばならない。しかして右賃借権はその後前記認定の如く昭和二十三年六月十七日本件土地につき夫々その所有権を取得した原告等に対し対抗し得る事は同法第十條に明定するところであるから原告等は右鰐淵佐三等の賃貸人の地位を承継したものであると云うべきである。次ぎに原告等の被告に対する本件賃貸借契約解除の当否につき審按するに本件弁論の全趣旨並被告本人訊問の結果並に檢証の結果によれば被告は昭和二十三年三月頃から本件土地上にバラツク式一坪内外の小舎を無届で二戸建てた事は認められるが右の程度では同法第七條に所謂建物所有の爲の使用を始めたとは謂い得ざるも被告が本件土地上に木造トタン葺平家建十二坪の建物建築の目的で同年三月頃建築の準備を爲したるも本件賃借権の設定に関しては当事者間に紛爭があつた結果地主である訴外鰐淵佐三も又その後地主となつた原告浜田も被告の建築届に地主として之を承認せざるのみならず原告浜田は被告が本件土地上に建築する事を事実上妨害して居る事が明らかであるから被告が本件賃借権設定後一年内にその使用を始めなかつたのは正当の事由があるものと謂わねばならない。本件に顕れた証拠中右認定を覆すに足る証拠はないから結局原告等は本件賃借権設定契約に対し解除権を有せない故此点の原告等の主張は理由がない。
依而被告は原告の本件土地上に正当なる賃借権を有するを以て原告等の所有権に基く本訴請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 佐野英雄)